このあたり一帯は水が悪く、ここだけによい水があるため、アイヌ語の「ヤム・ワッカ・ナイ」(冷たい飲み水の川)から名づけられました。当駅はかって稚内と大泊間の連絡待合所でありましたが、昭和3年12月26日に線路を延長して一般駅とし、「稚内港」といっていました。昭和14年2月1日「稚内桟橋」の開設に伴って「稚内」と改めました。
2004年9月4日(8歳)