昭和27年に地元で採れる美瑛軟石を使って建てられたもので、昭和27年1月に完成しましたが、立派な駅にしようと404万円の費用の内、美瑛町が113万円を負担したとのことです。昭和63年にきれいに改装されました。富良野線の中では最も利用者が多く、旭川−美瑛間の区間列車も多いです。もともと通勤通学客で活気のあった駅ですが、近年では観光客が多く訪れるようになり、賑わいを増しています。美瑛が今のような観光地となったのは、早くとも拓真館ができた昭和62年以降のことで、観光地としての歴史は浅いですが、現在では美瑛の名前を知らない人はいないほど有名になりました。夏には旅人が駅の中で寝る人も多く、ピーク時には跨線橋で寝る人もいるとのことです。
2004年8月14日(8歳)
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